読者にはこの春、二月の本欄に書いた『成り駒の話』という一篇をご記憶だろうか。知恵袋である癖のある「文章」の意味を訊ねられて、『こんなところだろう』と答えBAを貰いながら、いまいち気に掛かっていた質問だった。
謎めいた質問で、わたしは咄嗟に思いついたところを答えて茶を濁したわけだ。知恵袋では為にする質問あり、甲斐のあるお訊ねもあり、なかにはこちらが教わるような問いかけがあるのだが、これは落語で言う『考えオチ』の類(たぐい)で、その折の答えがわれながら生煮えですきりしなかった。
それが、二、三日前、ひょんな切っ掛けでとある文章を読むに及んでそのオチが読めたという、そんな経緯をお話ししよう。当の質問者には、万一このサイトをご覧いただく『奇跡』が起これば、その後の回答ということでお役に立てようというものだ。
まえがきが長引いたが、それはこんな質問だった:
Q one life to live one life to king.
これを日本語訳にすると、なんて言うんですか?教えてください!
まともな主語も述語動詞もない、じつは文章でも何でもないフレーズだ。これは文章じゃない。one life to liveとone life to king は左右対称だと、間にandか ; がいるぞと、to liveと to king が対応して king は動詞相当だと抑えて、将棋などで低位の駒が敵陣に入って金に化ける、いわゆる『成り駒』の話をした。チェスなら同じことを『クイーンになる』といってqueenを動詞扱いにする。だが、『king になる』ことはなくkingを動詞には使わない、だから【成り駒で王になる】という意味にはとれない。
しかし、構文的にはkingは動詞でなくてはならないから、辻褄が合わない。そこで:
【ひたすら生きる人生、頭に立つための人生】
などという意訳が思いつくと、ただ、何しろ材料が少なすぎるから前後の文章を補足してくれればより的を射た回答ができると思う、と、今にして思えば口を拭ったわけだ。
そもそも king を意味上の動詞と考えるまでは文法に叶っているのだが、さて、king には自動詞がないから「己が王になる」わけにはいかぬ。つまり、このままではわたしの回答は苦し紛れの言遁れだった。
さて、先日その蟠(わだかま)りが一挙に解けたのだ。そこで小一年も経つ古証文を書き換える気になった次第。某記事にこんな下り遭遇したのだ。He kinged it over all other kids on the block. 近所の悪ガキの大将だったという意味だが、king it overというwordingに思わず膝を打ったわけだ。
itという仮目的に意味はない。kingが自動詞的に使われうる例だ。改めて辞書を引き直し重箱の隅を穿(ほじく)ってみると、古語ではあるが king が君臨するという自動詞が隠れているではないか。どんぴしゃりの発見だ。one life to kingそのものの状況を裏付けている。英語にはmonkey aroundという下世話な言い回しもある。ならばking aroundすらもあるかも知れない。
その折の意訳【ひたすら生きる人生、頭に立つための人生】も当たらずとも遠からず、君臨する生き方もまた快ならずや、と、しばし感慨に耽った次第だ。
—Sponsered Link—
この記事へのコメントはありません。