ルッキズムのこと

知らなかったと云ふより、うっかりしてゐた。ルッキズム lookism と云ふ言葉のことだ。英語を操るものとして甚だ迂闊だが、これが七十年代に英語の語彙に混じり込んだのに気付かなかった。目にはしただらうがじっと見詰めなかった、と云ふのが実際だったらう。

ルッキズム。look 「見える」を ism 「主義」化した、無理訳すれば「見える主義」から「見たまま主義」、首を捻れば「見てくれ主義」とでも云はうか。中々の語感だ。たまたまネット上の談義で某政治学者が口走るのを聞いたのだが、おお英語らしからぬ乙な言葉だと思った。日本語の融通無碍さをしばしば話題にする筆者が、これを見て英語にもそれらしい造語もありか、と見直したのである。

イズムは、かくあるべしと云ふ形状乃至形態を論理に昇華させる接尾語、既に多岐に使い回されて手垢に塗れたイズム造語もある。それでも、筆者の目にはルッキズムは新鮮で、英語らしからぬ味がした。

ルッキズムの意味合ひは、当初は大方の推測通り好ましい様相を以って価値判断をする具だったが、昨今は悪しき様相まで拡大して不平等を諌める尺になってゐるとか。

さて、本稿はその社会学的な意味合ひを云々するのが意図ではなく、英語講釈の見地からその語感と語法を考えてみたい。前述の通りルッキズムと云ふこの言葉、中々秀逸な語感を漂はせる。心掛けとか気遣ひのような日本語の言葉造りに一脈通じる発想が感じられる。look とはそもそも動詞で複数化して looks で容貌や様子、様相の名詞に転嫁、looking と分詞化して good-looking などの常套句になる。lookism はどうやらここから派生したようで、原点は good-lookingism だったろう。削ぎ落として lookism とは相当の造語感が裏打ちされてをる。

このような語感は日本語に独特なもので、心に掛けるが分詞化して心掛け、同じく気を遣うが気遣いと、派生する語法の妙は looksim の成り立ちにも垣間見られる。

筆者はかねてから日本語の融通無碍と英語の単純明快を唱え、前者が稀有に難しく後者が習得容易と断じて憚らなかった。とくに英語が単純明快と断じる理由として、有機的な語法、つまり語から語への大らかな転嫁の不在を挙げてゐた。このたび lookism なる言葉の存在で筆者はその誤謬を悟ったのだ。英語を舐めてはならぬ。これを以て、英語が日本語に比肩するほど習得に難な言葉とまで自説を翻すつもりはないが、英語の表現力にも看過し難い深みがあること知った次第。

数十年前外務畑で英語に塗(まみ)れてゐた頃は、学者が朝令暮改の論文の森を彷徨うように、市井の言葉の動きに敏感だったから新語にも大いに通じてをったが、退いて幾星霜、筆者は年を追って生きた語彙に疎くなってをるのに気付いた。

米寿に二年の域まで達した老爺ながら、ルッキズムを期してここ一番鞭を入れ直そうと思ひ定めて、その心意気の証しに一稿を認めた次第、呵々。

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