廃菌床の話

田舎育ちには森や畑がいわば命の綱だ。四季とりどりの畑の作物は、食べるのはもちろんそれが育ち上がる様子を朝夕眺めるだけでも命が伸びると云ふものだ。森となれば、それ、柿栗などから胡桃《くるみ》や薇《ぜんまい》が取り放題、子どもたちには甲虫や鍬形を捕まえる醍醐味がある。

昔ほどではないがわが庵は森めいた林が今も近くに散在してをり、雑木林だから様々な樹木があり、甲虫類が好む楢《なら》の木も見られる。この木は粋なやつで、虫たちばかりか茸《きのこ》類も惹きつけるやうだ。香り松茸味しめじと言うものの、野生の香りと使ひ勝手の良さで椎茸は大いに好まれ、茸狩りの本命は椎茸だ。野生のそれはさておき、椎茸は楢材を使った栽培も盛んとは承知してをったが、ひょんなことで椎茸の菌床栽培とご縁を繋ぐことになった。

ひょんなとは他でもない。わが庵では女房どのが鶏奉行で、二十羽ほどの鶏を飼育して新鮮な卵の恩恵に預かってゐる。日頃から鶏たちの健康には殊更に心を配り、餌は云ふまでもなく鶏舎の床や遊び場の土の具合にも細心の神経を使ってをる。ネットの情報ででもあるか、近在の川島町で廃菌床が手に入る、それも無償で好きなだけと云ふ結構な話を聞き込んだから堪らない。早速に、と云ふことで今日午後、いそいそと川島まで車を走らせた。

川島町にはモールもあり、われもわれもと店々が開いて結構繁盛してゐる。道情報を辿れば、その界隈《かいはい》になにやらピンクの40フィートコンテナを連ねた一見異様な一角があると云ふ。何と、コンテナの中で椎茸の菌床栽培をしてゐると云ふのだ。名は(株)グリーンフィールド、どうやらアグリ事業から農産物の栽培に関する調査、研究、開発まで手がける粋な企業だ。そのグリーンさんで椎茸栽培を終へた菌床、文字どおり廃菌床が貰い放題だと云ふことなのだ。

目的地に近づく。目印の山田うどんは確かにあったが、見回しても目印のピンクのコンテナ群は見えない。ならばと電話で案内を乞ひ、やうやう辿り着く。出迎えてくれたのが所長の諸井隆さん。見るからにそつのない好人物で、挨拶もそこそこに椎茸の菌床栽培現場を見学させていただき、件《くだん》の廃菌床なるものの置き場に案内される。屋根付きの囲ひに積み上げられたブツは、径高ともに10センチの茶色い円柱の塊だ。。手に取ると意外に軽い。椎茸をもぎ取った残りの菌床は茶色に乾燥してゐる。違和感のある臭みもなく、ごく扱ひ易い品物だ。

それぞれ三十個づつ、重さで七キロ程を持参したプラ袋に詰めて積み込む。珍奇な資材だけに興味津々だ。諸井さんの話ではpHが高めとのことだが、話しの様子でどうやら酸性とアルカリ性とを取り違へれをられる。これは多分アルカリ性で、関東では酸性のローム土壌には恰好な土壌改良効果が期待できさうだ。

鶏奉行の女房どのは、これを飼料に混入できまいかと呟く。廃菌床を鶏の餌に?それはどうかなと問へば、かくかくしかじかの例もあると可能性を示唆するではないか。発酵飼料の効用、なるほど。こちらは専ら畑の健康のために廃菌床がさぞや役立つだらうと、あれこれ策を練ってゐるのだが、鶏たちの健康もありか、と再認識する。

ゲットしてきた廃菌床はそのままでは使へない。円柱状の塊だから、兎も角も砕いて粉状にする必要がある。包丁で割いてノミやトンカチで砕いてみる。乾燥してゐる部分と湿気を持つ部分とが混じっていち様に細かくはならない。それでも篩《ふるい》に掛けてみるとパン粉状の粒子を取り出すことができた。メッシュを案配すれば鶏の飼料にも振り込める。だが、ここまでの手間が結構大変だ。頂戴してきた量を考えると、破砕作業そのものが重とは言わぬがかなりな労働になる気配。

先ずは篩《ふる》ふ以前の粗い粒子をひとバケツ、玉ねぎを収穫した跡の畑に撒いて分解状況を見ることにする。どれ程の期間に自然分解するか、それを観察したい。pHのこともあり油断はできぬが、土壌改良資材として廃菌床はなかなか魅力ある代物だ。

田舎はよきものである。この廃菌床然り、その他にも木の里都幾川辺りで手に入る木屑また然り、気を配ればあちこちに自然資材が埋もれてゐる。取り敢えずは、この廃菌床をどう使いこなすか、胸躍る課題ではある。

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