氷柱参り

節分が過ぎ春が立てば、さしもの寒気が気無しか緩んで遊山の気分も沸かうといふもの。折から、目論んでゐたKクリニックでの診察が日延べになって途方に暮れた愚妻が、云ふに事欠いて秩父へ行きたいと云ふ。咄嗟の物言いに慣れてはゐるが、秩父とは?

聞けば、かねてからの腹づもりらしく、本人には一向に咄嗟ではないらしい。秩父で何をと問へば、氷柱が見たいと云ふ。氷柱とは季節のものには違ひないが、秩父がそれをひけらかすとは、さてさて地元ながら知らぬことはあるものよ、まあよからう行ってみやうといふことになった。

道すがらの話を篩(ふる)へばかういふことらしい。

二子山への登山道の入り口付近のせせらぎを巧んで氷柱の生成を助け、水を吹き付けたり夜間のライティングを按配して氷の観光地を拵へてゐる、と。なるほど、さもありなん。夜祭は別格として、秩父はとかく話題が豊富な土地柄だから、氷の柱でひと勝負もあらう。

駐車場から現場へ、コロナ対策よろしく上下道を綱で仕切ってルートが切ってある。トレッキング紛ひのコースをひと工夫して氷柱参りをプレイアップしやうとの細工だ。cooperation feeと横文字も入れて、ひとり頭300円の観覧料ならぬ協賛金を取る商才も抜け目ない。

そこから先はダラダラ坂が続く。籾殻を敷いて足元を工夫してゐるのは賢いが、裸足に西洋草履の足底に小砂利が入り込んで滅法痛い。これに足並を乱されてやや難儀だ。二日前、風に背中を押されてのめり歩きをした時のストレスが脹脛(ふくらはぎ)に出て、折々に来る上り坂を登り切るのに苦労する。

二、三百メートル先、左へ曲がって登山道へ。入り口だから何のことはないが、道はひたすら上り坂、要注意だ。一足ずつ進めば、側のせせらぎの両岸に雪色の氷がちらりほらり。さらに進めば、これが氷柱紛いになり追々にまともな氷柱になってくる様子が乙だ。

聞けば、せせらぎ両岸に霧を吹いて氷柱状を保ってゐる、と。陽が落ちればライトアップして見物客の目を楽しませてゐる、とも。いや、氷柱商売も半端ないやうだ。

道はいよいよ傾斜度がきつくなる。入り口から四、五十メートルあたりにランディング状の平地がある。幸いせせらぎがやや瀞ってゐて、氷柱の付き具合ひも程々なことをいいことに、愚妻を更に上方へ追いやってわが身はそこで瀞むことに。

氷柱参りの序でとはご無礼ながら、帰路、武蔵国四宮で秩父地方の総鎮守、名にし負う秩父神社に参拝する。埼玉の誇り「秩父夜祭」はこの社の例祭だ。由来は祭神の妙見様(天之御中主神)に因む祭礼で、何と古代バビロニアに由来する妙見信仰がインド、支那を経て仏教とともに日本に伝来した証しだ。

氷柱が見たいという愚妻の企みはこうして叶い、思わぬ秩父行で脹脛に不安を残した懸念はあるにせよ、わが身も息災で帰桶した。途中立ち寄った北上尾の馴染みの珈琲店でひと時の休憩、幸便に夕飯を済ませ、本稿を書き上げる。医者通ひのはずが思わぬ遊山に化けた春のはしりの一日だった。

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