秋の日のヴィオロン

・・・のためいきの身にしみて ひたぶるにうら悲しとは、ご存知、ヴェルレーヌの秋の詩の発端だ。コロナ禍の熱(ほとぼ)りが醒めずとも、秋はやはり秋、知らぬ間にそこはかとなく漂ってゐるではないか。自然の申し子、日本人には秋気の一滴こそが何よりのワクチン、庭先に隠れ咲く竜胆(りんどう)の紫に、何処とも知れず鳴きしだく虫の声に、天下の疫病は影もない。

秋は四季の華だ。其は他人様はあれこれ異も唱えやうが、筆者には秋は優れて好ましい季節だ。まず、物思ふ心の重心が然るべき場に落ち着くからだ。春はと云ふに、この季節、ぐんと下がっていた重心が俄かに上昇する気配に心が浮(うわ)つき、思考回路が乱れて思ひがまとまらぬ。夏は、暑気で眼が定まらず心は思ふことさえ叶わぬ。冬は冬で、手足が縮むごとく思ひが伸びを失ひ思考は堂々巡りの為体(ていたらく)、心の重心はどん底に沈み動きもせぬ。

さう、故に秋は四季の華、視野に入るすべてが見事にパステルでけばしからず、原色は皆無、絵具の混じり具合いもごく自然、心の重心は胸部から首へ掛けて快く高まり、思はずとも思ふ心の妖しさが絶妙。ヴィオロンならずとも楽器がより快く鳴るのが秋だ。適度の大気の乾燥もあらうが、何よりも弾く者の弾く心がより冴えるからだとは、知る人ぞ知るところ。

机上に原稿用紙を広げる。窓外にこおろぎと思しき虫の声、思はず耳をそば立てればたちまち数刻、ふと気づけば、早くその辺りを文字にして埋めてくれろ、とマスが催促をする。書く気を唆られるのは、紛れもなく秋だけ、とは言わぬが、秋にはその気配が色濃い。食欲も唆(そそ)られぬとは言わぬが、何より思ひが深まることの感興をじっくり愉しめるのが秋、だから筆者は殊更に秋を愛でるのである。

冨士の初冠雪が報じられる。例年より数日早いと云ふ。冠の白さに比例して秋色が深まる。冨士の雪の装いで時を測る優雅は日本ならではの趣、疫病の鬱陶しさが雪に埋もれる様を味ふ快感は、今年の秋ならではの愉快ではなからうか。

—Sponsered Link—

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 仰げば尊し

  2. 歳の重み

  3. 鶏卵考

  4. 異端の五輪

  5. コロナと清張

  6. 日干し鯉の哀歓

  7. 時間が聞こえる

  8. ザンネンな株の神様

  9. コロナの遺産

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

recent posts

JAPAN - Day to Day

Kindle本☆最新刊☆

Kindle本

Kindle本:English

Translations

PAGE TOP