“The Red Pony”(34)

あの時、赤毛の仔馬への心の準備は毛ほどもなかった。

アメリカの大学に行く以上はテーマを構えて勉学に励むのだ、という漠とした心構えから、私はせめてもの準備にとアメリカ文学概史を囓っていた。大蔵省でドルの割り当てを貰うときに一年で何ができると嫌みを言われながら、たしかにそうだと思ったからである。取りあえずのテーマとしてアメリカ文学のあらましを復習(さら)って置こうと、アメリカ文学概史(注1)をすでに2度も読み手控えのノートも数冊作っていた。

英語による講義がどんなものか、生きた英語はトムやディックとの2ヶ月の触れ合いだけが掛け値なしの実体験だから、講義の現場では頼りにはなるまい、身構えはしても所詮はどうとでもなれの心境だった。そしてその日がきた。Gone with the Windの一件で接点があったDr. Eda HatchのEnglish、国語の講義である。意味もなく手控えのノートを携えて寮を出た。抜けるような秋の空だった。

初講義
男女相半ばのクラスは十四五人、小机付きの椅子に座って何の規律もなく三々五々散らばって座る。下手に前に座って雰囲気に呑まれるのは得策じゃないとて、窓際のやや後ろに陣取る。久し振りに味わうそわそわ感がほろ苦い。

Dr. Hatchが来られる。最初だからと出席をとられる。たしか以後はそれがなかったから、大学とはそういうものかと納得する。学生が名前を呼ばれるたびに、ほぼHereと答えるのにぎょっとした。Yesとは云わないのかと思えば、ひとり二人そう答えるのがいた。どっちにしようかと迷ったが、ここは言い慣れないほうでいこうと順番を待った。

“Yasu Shimamura, is that right?

そう確かめられて、そうだという意味でyes、出席しているという意味でhereと並べたのがよかったのか、まずかったのか、それとも日本人が一人いるなという反応か、クラスがややざわついたのをよく覚えている。

出席をとり終わってDr. Hatchは開口一番、

“So, John Steinbeck’s The Red Pony: What does it mean to you, Um?”

と云ってクラスを見回した。The Red Pony、スタインベックの初期の作品(1933)である。たしかに教科書の劈頭(へきとう)参考資料として挙げられている作品だが、のっけからお前にとってどうだとは意想外なお尋ねだ。身構えはできていたが、これには大いに慌てた。咄嗟に考えた。まずは仔馬を一頭遇(あし)らってみよ、その意味を分析せよということか。いや、作品の逐語的な解釈はすっぽり抜かして、まずは物語を自分に引きつけて思い思いの意見を編み上げよというご注文か。物語の筋は言うに及ばず、言葉の解釈などは後回しに、先ずはこの作品の自分への意味合いを考えて見よ、との仰せだ。

虚を突かれる
これは参ったなと思った。英語が読めるか否かなどの話ではない、どうやらここでは話を読み切った上での丁々発止の議論が期待されている。そう云えば、これは英語が国語の連中のための講義だ。敵はそう来たか。

虚を突かれた私は貝になった。

Jodyといえば「仔鹿物語」の主人公も同じ名前だ。懐かしい。少年と仔馬、西部の乾いた風土、瀕死の仔馬の眼を抉(えぐ)る禿鷹を石で殴り殺す少年の形相、雇い人のBillyの温かみなど、物語のあらましは知っており云いたいことはあったのだが、クラスの対話は糸車のように、理解が追いつく頃には先へ先へと転がっていく。ついにひと言もいえず、私はコツコツと刻む時を悄然と見送った。

英語観
そうしながら、現実を凝視した。これではならぬ。座り直さなければならぬ。Literature for Our Time という分厚い教科書の表紙を撫でながら、ああだこうだの議論を聞きながら、私は英語による講義の現実を懸命に咀嚼した。英語はmedium、言葉という媒体に過ぎぬ、思考が便乗するvehicle乗り物だけのことだ。ガタピシした荷車では如何に卓抜な意見でも運び甲斐がないではないか。こんな議論についていくにはしっかりした乗り物を手に入れねばならぬ。そう歯ぎしりしたのである。

私は自分の英語觀をさらりと変えた。荷物を運べる乗り物に徹すること、学習対象としての英語を一思いに捨てた。あの講義を境に私は英語を覚えることを止め、英語に浸かることに徹した。辺りに飛び交う言葉の海に裸で漬かり込んだ。言葉は機能してなんぼだ、と悟ったのである。

westering
あの日の苦い想い出はついぞ忘れられない。臍(ほぞ)をかむ思いという奴である。それでも大きな収穫があった。Steinbeckとの遭遇である。この作家との縁は実はあの日の仔馬にある。人間を掘り下げる刃の鋭さ、心理描写はSteinbeckの独壇場だ。葡萄からエデン(注2)まで、私はこの作家の筆遣いに痺れている。

あの日、対話の中でwesteringという聞き慣れない言葉を聞いた。方角のwestが動作してO! Pioneerに繋がる絶妙な語感が堪らない。ボイシは西へ向かうOregon Trailの中継点だ。先日立ち寄った埃まみれの民族博物館でwesteringが偲ばれる幌馬車を見た。葡萄の家族は此処を通っただろうか、そういえばAaron Coplandが確かThe Red Ponyで何か作曲していたか・・・対話に溶け込めぬまま、私はあらぬ連想に耽っていたのを記憶している。

あのほろ苦い日を最初の一歩に、私の大学生活が実質的に始まった。英語を飯の様に煽り食うことを始めたのである。云うならば、開き直ったのだ。寮ではCyeyenneやDragnet(いずれも当時人気のTV番組)に憑かれ、仲間との会話、対話に裸で跳び込んだ。効果は絶大だった。日を追って英語に血が通い始める実感に痺れた。言葉とは学ぶものではない、風呂にでも入るように浴びるものだという信念が固まった。3ヶ月も経ったろうか、S. Maugham のWriting Proseでいっぱしの自説を唱え、クラスを沸かすまでに図太くなっていた。

(注1)A Short History of American Literature Vol. 1-2. Burton E. Martin, Kairyudo, Tokyo
(注2)「怒りの葡萄」と「エデンの東」

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