イノック・アーデン

ホームページの主が去ってから1ヶ月近くが過ぎました。さまざまな方に悼んでいただき、感謝の言葉もありません。少しずつ、本当にいなくなったんだという感じが湧いてきますが、まだ当たり前になっていないという状態です。

5年に渡って二人三脚で築いてきたこのホームページ。主はいなくなりましたが、妻の私がバトンを受け取ることにしました。主人が「俺が梟翁だから、お前は梟惠にしたらどうだ。」と話していましたので、梟惠と名乗らせていただきます。

とりあえず、ポツリポツリと思い出話を書いていこうと思っています。それではマクラはこのくらいにして、本題に入りましょう。

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梟翁は、手のひらに収まる小さな詩の本を常に身近に置いていた。自作の布カバーをかけて大切にしていた。

その詩こそ「イノック・アーデン」。1800年代のイギリスの詩人「アーサー王物語」で有名な、アルフレッド・テニスンの代表作のひとつだ。

私たち二人が出会って間もない頃、「これを聴いて。」とMDを渡された。リヒャルト・シュトラウス作曲、グレングールド演奏、イギリスの名優クロード・レインズ朗読のイノック・アーデン。「僕は若い頃からこの詩が心底好きで、こんな本を何冊か持っているんだ。」と小さな詩本を私に見せた彼だった。私は英語が聞き取れないので、日本語訳をネットで探し、読みながら聴いてみた。

 詩といっても物語詩なので、100分ほどの大作だ。音楽と朗読が一体となってストーリーが進む。韻律がすばらしく英語の美しさが伝わってくる。交響詩の名手、リヒャルトシュトラウスの音楽が情感を掻き立てる。そしてクロード・レインズの朗読!泣きむせぶようなクライマックスの迫力と悲劇的なストーリーに自然に涙がこぼれた。水夫イノックの悲しい話。この世の不条理を受け止めて、英雄的にのたれ死んだ高貴な男の話だった。

それから20年余、梟翁が永眠して数日後、彼のパソコン机にあの時の詩本を見つけた。自作布カバーがかけられた小さな詩本が2冊、キーボードの左側に他の本と共に積まれていた。折にふれて開いてきたのだろう、半世紀以上にわたって彼が愛した詩は、彼の一部となって血肉に取り込まれてきたのかもしれない。

一冊は彼の棺に入れて一緒にあの世へ持っていってもらい、もう一冊は私のバッグに入れて持ち歩いている。

私が持ち歩いているのは、1876年出版のとても古い本です

もう一度あの録音を聞きたいと、当時のMDが見当たらないのでネットを探したところ、youtubeには断片しか見つからなかったが、この10月25日にCD版が発売されるというではないか。それまではLP版しかなかったそうだが、石丸幹二がグレングールドの演奏に乗せて朗読をしたものが発売され評判を呼んだのがきっかけで、元祖もCD化の恩恵にあやかったようだ。

両方注文したら、先に日本語版が届いたので昨晩さっそく聴いてみた。日本語訳も石丸幹二の朗読も素晴らしく、十分にイノックアーデンの世界に浸ることができ、涙涙….。惜しむらくは、グールドの演奏の部分。原版から抽出して入れたということだが、朗読の途中に入るピアノのちょっとした合いの手が、さすがにカットされていた。

原版では、あの朗読の名調子をオリジナルのグールドの演奏で堪能できるはずだ。もちろん英語が聞き取れない部分もあるけれど、石丸版でストーリーが頭に入っているので問題ないだろう。

梟翁と魂を通わせて、秋の夜長を愉しもうと思っている。

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