さて、大学構内で仕事を保証しようという内容の手紙をもらったわたしは、早速アメリカ大使館に出向いた。査証課はそれまでにも数度行っては跳ね返されていた。その都度情けない思いで後にしていたのだが、この日は違った。わたしには切り札がある、目にもの見せてやるという意気込みだった。わたしの件を担当していたのはマイヤーさんという女性審査官、四十代あたりの感じのよい人だった。マイヤーさんは、その時私を見るなり、ずかっと聞いてきた。
「今日はなにかいい話があるんじゃないの?」
どうやら幸便を見抜いているかの様子だ。(実はチェイフィ博士が大使館宛にわたしの件で別便を書いていたことを知ったのは、ずっと後のことだ。)
わたしは例の手紙を取り出し重々しく差し出した。じっと読み下していたマイヤーさんが、にっと微笑んで言った。
「やったわね」
やったというからには大丈夫ということだろうか、とわたしはあくまで疑い深い。彼女の二の句を待った。
「構内で仕事を保証するというなら確実でしょう。生活費の保証とまではいかないけど、これで査証は出せるでしょう。ちょっと待っててね。」
彼女は手紙を持って次の間へ消えた。
待ちながらわたしはようやくここまで来たな、と、それから先に一山、二山も障害が待っているとは知らずに、わたしは「こと成れり」の感慨にふけっていた。
マイヤーさんが戻ってきた。満面笑みとはいえない様子、わたしはとっさに現実に引き戻された。まずいのか。
「島村さん、正式に査証を出す前にやってもらいたいことがあるのです。あなたの英語の力と適応性を確かめたいと上司が言っています。ここへ出向いてください。」
そういって彼女はわたしにメモを手渡した。都内の住所とどなたか人の名前が書いてあった。
「言語能力担当の審査官です。いろいろと聞かれますから、ありのままを落ち着いて話してください。気を楽にしてね。がんばって。こちらから結果を知らせますから、また来てください」。
マイヤーさんはそういって、にっと微笑んだ。彼女の微笑みは緊張したわたしには特効薬だった。彼女の視線を背に感じながら、わたしは部屋を出て、長い廊下を通って大使館の玄関を出た。
虎ノ門の方角に異様に大きな白い雲が浮かんでいた。
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