火星ブームと海野十三

突拍子な話じゃが、いま火星ブームとか。ご存知NASAから民間ヴェンチュアまで探査から移住計画まで火星話が満開のようじゃ。突拍子どころか,老いの身には眉唾ものにも聞こえるのじゃが、それがどうも真面目な話らしいのじゃから、老いのせいでは済ませられまい。

火星というと、わしは「宇宙戦争」のH.G. Wellsを思い出す。話がリアルで巷に騒ぎが起きたという火星話じゃ。そのH.G. Wellsでさらに思い出すのが海野十三という人物、さて諸賢のなかで彼の「火星兵団」はと聞かれて何人が小膝を叩かれようか。「宇宙戦争」はいいが「火星兵団」はさて、と首を傾げられる向きが多かろう。今日は火星ついでにこの海野ばなしをお聴きいただけまいか。

海野十三、うんのじゅうざともじゅうぞうとも呼ばれるが、わしはじゅうぞうで慣れ親しんでおる。わしにはこの作家が甚(いた)く懐かしいのじゃ。それというのも、この御仁はわしの世代(つまり戦中に幼時を過ごした男の子)には偶像的な作家だったからじゃ。「亜細亜の曙」の山中峯太郎と並んでわしども(つまりその世代の男の子ら)が少年倶楽部を毎号指折り数えて待った当代切っての書き手じゃった。椛山勝一の挿絵も大いに華を添えた。

とくに代表作「火星兵団」はしみじみ懐かしい。これは「少国民新聞」に連載された超大作で、世の少国民を熱狂させたものじゃった。ウィキペディアなどで繰ればお分かりじゃろうが、海野十三は技術畑の文官で滅法科学が得手じゃったことから作家になったという変わり種じゃ。それが「若者よ未来は科学者たれ」との思いを込めて、少年たちのために科学もの、それも宇宙系のテーマを漁って書いたのじゃ。当然ながら火星も俎上に載せて数編の名作を書いた。

「火星兵団」は傘寿の今でも、わしは筋書きはもちろん挿絵も瞼に浮かぶ。じゃが、ここでその筋書きをご披露するの愚は避けよう。ただ冒頭の火星ブームから連想して、幼い頃の夢膨らむ想い出が蘇っただけのことなのじゃから。

面白いのは、子供向けに書いた海野の火星ものには今日の宇宙工学の先端技術を彷彿とさせるものが存外多かったのじゃ。とは言え、わしは科学に暗愚で宇宙工学なども月の言語に似たり、したり顔にものを言うのは烏滸(おこ)がましいのだが、幼時に読み親しんだ海野ものに語られた出来事のいくつかがどうやら現実になっていたり、当時子供の目にも面白いが荒唐無稽に思えたことがいま結構ありそうに見えてきたのじゃ。

こんな話がある。「宇宙女囚第一号」という物語では、三次元の物質移動という3Dプリンター擬(もど)きの技術が語られるのじゃ。それも生体の三次元移動という、流石に浮世離れした話が火星文化の先進性に絡めて語られる。子供の頃はそれと気づかず読み逃したことが、諸科学の進歩で先端技術ならあるかもしれないな、と。

海野十三の世界では火星は専ら先進文化の星として語られ、地球は火星人に襲われる図柄の上で、火星対策を迫られての宇宙技術革新の要が語られる。折から高まる戦時の風を背に受けて、少国民よ科学者たれと呼び掛ける。そんな海野の語り口に幼いわしは酔っていたのじゃ。

さて、冒頭近くわしは海野十三の代表作を「火星兵団」じゃと書いたようじゃが、実はこれは少年読者にはという条件がつく。それと言うのも、長じてこの作家の別な横顔を知ることになったからじゃ。

海野十三は、大人の世界では横溝正史などとも交わる探偵物の作家で知られておった。知られている長編に「深夜の市長」があり、そのユニークな筆法からいまでも戯曲化されてもおる。読めば、火星もので満天下の少年たちを熱狂させた作家と同人物の作品とはとても思えない。懐の深いというか引き出しの多い多彩な作家だったのじゃ。

火星ブームじゃとて他ならぬ海野十三を連想するとは、わしも一風変わった感覚を持っておるようじゃ。思い出したがご縁じゃ、久し振りに「火星探検」など読んでみようか、それとも話題の「蠅男」にしようか。

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