五輪と英語

五輪が近いから、と巷で英語を習う風潮が上げ潮だ。分からなくはないが、いかにも見るからに軽薄だ。雨が降りそうだ、どこだどこだと傘を漁る伝の浮薄さが気になる。英語はそもそも学ぶものではないという持論の私は、英語塾乱立が五輪特需を狙う企みに見えて、やや辟易しているのだ。急に家がいるからと大工道具を探しに走る如き短絡的な挙動は、おいおいそれは違うぞよ、とつい水を掛けたくなるのである。

英語が学ぶものではないという話は、プレハブ部品と大工道具があれば家が建つものじゃないという理に通じる。聞けば、およそ巷の英語塾なるものはどうやらプレハブの組み立て工房に思えてくるから妙だ。建材の吟味から削り磨きのコツ、彫り込みの妙などを習うはずもないプレハブ組み立て工房を【卒業】したからといって、大工として家を一から自力で建てられるはずがなかろう。同様に、英語塾の生徒たちはただ英語の部品を売り付けられたまま文章の巧拙や作文の妙など英語の血肉の部分に触れることなく、哀れ、英語の本質には遂にめしい(盲)のまま巷に散っていく。それで五輪の役に立つのかどうか、さて。

私の言いたいことはこうだ。そもそも言葉は有機体だから血が通っている。プレハブに見える慣用句にも、それが成り立つまでの歴史がある。その生体感が活きてこそ文章のなかで彩を放とうと云うものだ。そのあたりの阿吽の呼吸は、到底組み立て工房では教えもしない。四、五、二十という九九がある。4×5=20と教えてはならぬ。四人の子供たちがなけなしの五円を持ち寄って二十円の凧を買ってみんなで遊んだ、という「場」の臨場感から汲み取らせることだ。
板削りは奥深い芸だという。削り込んで擦り合わせた二枚の板が水中でも遂に分け離せないさまを見せて板削りの真髄を披露したのは、例の伝説の匠、甚五郎だ。そこにはカンナの角度や刃の研ぎ具合ばかりじゃない何かがある。その何かは多く教えられない類(たぐい)の技に隠れているのだぞよ、と教えを垂れたいのだ。

英語の話に戻ろう。

英語もまた学ぶものではない、と私はかねてから考えている。大工道具を買い、それで家を建てる方法を職業学校で習おうとは月並みの知恵だ。教えられないものを【学ぶ】のに、そもそもこれぞという手立てがあるものかないものか、を考える。

そうか、と私はさらに考える。そこで大工の下働きが末は棟梁に成り上がってゆくプロセスを眺める。彼らはいつも棟梁や腕っこきの大工に張り付いて目を光らせる。手つき腰つき体付きをじっと見詰め、どんな道具をどう使えばどうなるという生の技を目の当たりに見る。「家を建てる現場に立ち会う」という裏技だ。大工の技エーテルが現場に飛び交う。なるほど、ボディーランゲージで身につけるという卓抜な手立てがそこにある。これだ、上手(うわて)の一挙手一投足からさり気なく取り込む手立てがどれほど貴重か、よく分かる。

くどくどと大工の現場を描いて見せたのにはわけがある。その辺りに英語を身につけるコツがあるからだ。英語を【身につける】との表現が言い得て妙だ。大工も英語もそっくり同じ段取りで技が受け継がれる。くだけて云えば【真似をする】ことで技が受け継がれるのだ。鸚鵡返し、口伝、口移しなど、言い回しはさまざまでも、通奏低音は同じ。英語ばかりではない、言語はすべて真似をすることで覚えられる。赤ん坊がわけなしに言葉を覚え、英語圏にしばらく住まえば見る間に英語が【ものになる】理屈がそこにある。

だから、英語を学ぶときはその絡繰りを人工的に仕組むことだ。その仕組み方で天地の差が出る。ある人は鮮やかに、ある人は苦労をして英語を覚える。それはその絡繰りの出来具合次第だ。訊ねられれば私が【映画の絡繰り】を一つ話のように語るのはその伝だ。映画の物語をこれ幸いに活用して、わが身をそれに溶け込ませての刷り込みは、まず他のどんな手段でも及びがつかない効果を上げるからだ。

五輪だぞ、それ英語だ英語だと色めき立つ面白さ。これを浮世という。それはそれでいいではないか。滑稽なのはそのために英語を即席で身につけようとの腹づもりだ。そうではなく、五輪を英語刷り込みの絶好の機会だと捉えてみてはどうか。五輪が過ぎてみたら、何となく英語向きに舌が動くようになった、ぐらいの気構えで臨みたいものだ。

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