象潟の神功皇后伝説

秋田県の象潟(きさかた)は、芭蕉が奥の細道でたどった最北の地であり、当時は「東の松島」「西の象潟」と謳われた景勝地だった。過去形なのは、芭蕉が訪れたあとの大地震で地面が隆起して水が引き、景色が一変してしまったからである。今では田園の中にかつて島だった場所が小山となって残っている。

そんな幻の景色が残る象潟に私は強烈なロマンを感じ、一度は行ってみたいと思うものの無理だろうと諦めていた。ところが、象潟で毎年開かれている俳句大会で、今年我が師が選者になって講演を行うという。願ってもないチャンスということで、念願の象潟行きが実現したのだった。ちょうど娘に鶏の世話を頼めるようになったのもありがたく、まるで象潟が私を誘ってくれたようにさえ思った。

象潟駅のホーム

炎天の昼、象潟駅に独り降り立ち絵地図を片手に文学散歩。芭蕉が宿泊した場所、芭蕉が鳥海山をながめた橋などをたどった。

芭蕉が鳥海山を眺めた橋

コンビニで飲料水を求め体を冷やす。埼玉と変わらないほど暑いので汗だくだ。リフレッシュしたところで、この旅の目玉、蚶満寺(かんまんじ)に向かった。境内の端から松の巨木が立ち並び気持ちが高揚する。

蚶満寺の入口

とりあえず本堂を拝観しようと楼門に向かうと、案内小屋の傍らに寝そべるように座っている老人が目に入った。てっきり拝観料を徴収する係かと思って「拝観料はおいくらですか?」と声をかけるとその老人は起きあがり、ぐいと私に近寄りながら「私はボランティアの案内人です。拝観料は300円、お寺に払ってください、ご案内しますよ。」とおっしゃった。年は80前後くらいの小柄で筋肉質な老人。でも目はとても若々しく力強い。

「ん?」というものを感じた。梟翁の友人で今は靖国参拝におつきあいくださっているカメラマンの白鳥さんと同じものを感じたのだ。おもしろい!

蚶満寺には芭蕉の旧跡の他に興味深いことがあった。神功皇后(じんぐうこうごう)伝説についてだ。

一ヶ月ほど前だったか、
安部昭恵さんが何かの会合で尊敬する歴史上の人物を聞かれたときに「神功皇后」と答えたというので、無学な私は神功皇后というのはどんな人物だったのか調べてみた。神功皇后とは記紀の時代に活躍した伝説の女傑で、14代仲哀天皇の皇后。若くして亡くなった夫の遺志を継いで朝鮮征伐を行い、身籠っていた皇子が応神天皇となるまで摂政を務めたとされている。なるほど、世界を股にかけて要人と会い、安部総理の遺志を継ごうとされている昭恵さんらしいと思った。

それから程なくして、「奥の細道」の象潟をおさらいした時に、また神功皇后が出てきてびっくりしたのだった。

江上に御陵あり。神功皇宮の御墓と云。寺を干満珠寺と云。此処に行幸ありし事いまだ聞ず。いかなる事にや。
(こうしょうにみささぎあり。じんぐうこうごうのみはかという。てらをかんまんじゅじという。このところにみゆきありしこといまだきかず。いかなることにや)

なんと、神功皇后のお墓が蚶満寺にあったというのだ。芭蕉も「どういうことだろう?」といぶかっていたけれど。そんなことがあって、俄然蚶満寺の神功皇后伝説を確かめたいとはりきっていたのだ。

案内ボランティアさんというならいろいろお詳しいに違いない。
「あのう、芭蕉が蚶満寺に神功皇后のお墓があると書いていますが、そのことについて教えていただけますか?」
その方はちょっと驚いた表情で一言。
「ほう、それを聞いてくる方は少ないんですよ。」
そして、滅法詳しく教えてくれたのだった。
みささぎとあるけれど、芭蕉も疑っていたしお墓の後というものはわからない。けれども神功皇后が衣をかけたという松があった場所にお堂が建てられている。応神天皇を出産してしばらく滞在したという言い伝えが「日本伝説拾遺集」にある云々。

袖掛けの松とお堂の場所に案内して貰った。また、お寺の本堂には大きな応神天皇の像が鎮座していた。いずれも伝説にちなんで建てられたり彫られたりしたもので、伝説を風化させずに伝えていきたいという地元の人々の熱意が感じられた。神功皇后には伝説がたくさんある。朝鮮半島からの帰途に象潟辺りに流されたという可能性はゼロとはいえないだろうから、後世に伝えていきたい話ではある。

本堂の応神天皇像

ボランティアのTさんは蚶満寺のお檀家さんとのことで、お寺の奥様と楽しくお話しさせていただいたり、お寺のこと、芭蕉の句碑のこと、親鸞の腰掛け石などさまざまな事跡について、たくさんの詩歌を紹介しながら丁寧に案内してくださった。Tさんの愛郷心につくづく感心した。

芭蕉がここから象潟を眺めたであろう場所から、”うらむが如し”であった情景を想像しながら眺めた。象潟の島々は今は水ではなく水田に浮かんでいる。けれども最近は休耕田に背の高い草が生い茂って一部の景観が台無しになっているとTさんは嘆いていた。

白鳥さんと歩いているような気になってつい甘えてしまい、一時間半も案内していただいた。名刺を拝見するとTさんはなんと88才!健脚ぶりに驚く。以前は青梅マラソンに何度も出場した市民ランナーだったという。青梅市の煎餅屋に特注して作ったという貴重なお煎餅をいただいて恐縮した。

「ではここで。」と別れたあと、私は戻っていくTさんの後ろ姿を見送った。振り返ったら会釈をしようと思っていたらずっと振り返らずに歩いて行かれたTさんだった。

大変有意義な蚶満寺行きとなり大満足。もしかすると梟翁の差配かしらという気持ちが沸いてきたのだった。

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