幕は上がれば下りるもの。私の卵売りにも幕をおろす時がきた。鶏を飼い始めて半年過ぎた頃から近くの直売所に置いていただいたので、かれこれ10年近くになる。我が家の一番若い世代の鶏たちが、6月末で3才になってしまったので仕方がない。
鶏が安定的に良い卵を産めるのは産卵を始めてから1年半といわれており、一般の養鶏場では2才になるかならないかで廃鶏とされる。2才といえば十分元気で産卵もできるのに、卵の質が落ちるからということで殺されてしまうのだ。ちなみにお肉用のブロイラーは、産まれてからたった2ヶ月!で出荷されてしまうというから恐ろしい。
我が家のアローカナ達は平飼いでのびのびと育ち、ケージ飼いの鶏たちと較べてずいぶん幸せだけど、さすがに2才を過ぎると卵の質がおちていった。卵の質は殻の様子で判断できる。殻のお肌がすべすべできれいなものは良い卵だけど、ツブツブがあったりザラザラしているものは良くない(傷みやすい)のだ。10羽が1日5〜7個の卵を産むとして、出荷できる卵の数が5個→4個→3個と、徐々に減っていった。出荷できない卵でも割ってみたときに白身が盛り上がっていれば、十分食べられるのだけど。

何事もなければ今年初めに雛を導入をする予定だったが、梟翁がいなくなったため断念せざるを得なくなった。梟翁ががんばっていた庭と畑を引き継いだので、雛を育てる余裕がなくなったのだ。今いる鶏たちの面倒をみながら自然の流れにまかせて養鶏を閉じていくことに決めた。
養鶏を始めた10年前、夫婦2人が食べる卵を得るのに4羽もいれば十分なのに、10羽以上も鶏を飼ったのはどうしてかといえば、梟翁の実家とはいえなじみのない土地だから、卵の販売を通じて地域の方々とご縁をつなぎたいという思いがあったからだった。おかげで売り場の方々や出荷する農家さんと顔見知りになることができたし、卵をやめてもハーブティーなどの販売を続けられるようになった。

まったくの素人が手探りで鶏を飼い始めて10年、大きな事故もなく続けてこられたのは、第一に天敵が入れない頑丈な小屋を建てたこと、第二に鶏たちの逞しさのおかげだと思う。雛から育てた鶏が初めて卵を産んだときに梟翁が、「お前が変な餌を与えて鶏が全滅するんじゃないかと冷や冷やしていたよ。」と感慨深そうに述べたことを思い出す。その時は(信用ないなあ。)と少し不愉快に思ったけれど、今は(鶏たちは私の素人餌でも育ってくれて本当にありがたい。)と実感している。また、週一度手作り餌を仕込んでいる私を見るといつも、「大変だなあ、攪拌機を買おうか?」とねぎらい、そのたびに「この程度の量だから大丈夫。」と答えていたものだった。
卵は多種多様な料理に使えるので本当にありがたく、人生で一番美味しいと思った卵と出会うこともできた。餌の材料調達のためにいろいろな方にお世話になったし、いろいろな方に卵のお土産を喜んでもらえた。鶏たちとの触れあいを楽しみ、慰められ、生き死にに立ち会い、たくさんのことを学んできた。
直売場に飾っていた卵の見本やパンフレットなどを片づけ、「卵販売は終わりますがハーブティは続けますので、これからもよろしくお願いします。」と所長さんに挨拶をした。

寂しいけれど可愛い鶏たちとの暮らしが終わるわけではないし、嬉しいこともある。これまで優先的に直売所に出してきた良い卵を独り占めできるのだ。これはかなり嬉しい!これからは、自分ための養鶏を楽しんでいこう。
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