令和六年(2024年)、甲辰の年が明けた。
ニューイヤー駅伝を観てから近くの親戚と挨拶を交わし、天神様で初詣をした帰り道、スマホから不吉な警報音が鳴り「地震です!」と知らされた。家でテレビをつけると、女性アナウンサーが「逃げてください!」と緊迫した声で延々と叫んでいた。よりによって元旦に…。なんともいえない感情に包まれた。今年はいろいろな意味で明るい見通しが持てないけれど、元旦からこんなことが起こるとは恐ろしい。被災された方々を案じつつ、不安な気持ちをだましながら松の内を過ごしている。
youtubeを観ていると、面白い動画に出会うことがある。先日面白いと思ったのは、国会での山本太郎氏の質問と麻生太郎氏の答弁だった。一年近く前のものらしい。
書き出してみると、
山本「人間が生きる上で一番必要な物は何か。私は空気だと思います。麻生大臣、人間が生きる上で二番目に大切なもの、何だと思われますか?」
麻生「私はこの種の訳の分からない質問が来たときに答えることは一つなんで。あのー、人間が生きていく上で必要なことは、朝希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠る、この気持ちだと思っています。」
これにはそれぞれの人間観がよく現れているなぁと思った。山本太郎氏は1番目が空気、2番目は水という答えを引き出したかったのだろう。それは、人間の精神性を捨象した唯物論的な人間観だ。それに対して麻生太郎氏は人間にとって大切なのは、その生き方だと述べている。
私だったら、人間が生きていく上で一番必要なものはと問われれば、「精神」、二番目は「愛」と答えるだろうか。
でも、若い頃の私は、山本太郎の質問に迷わず「水!」と答えたに違いない。人間は所詮細胞の塊にすぎない、精神も信号の作用にすぎないという唯物的な観念に染まっていたのだ。70年代に流行っていた実存主義の影響も強く受けていた。
そんな観念で生きていた頃の私を植物に例えると、日の射さない乾いた地面に芽を出したものの、根を十分に張れないために細い茎を弱々しく伸ばして今にも枯れそうな草のようだった。だから瑞々しく豊かな精神を持った梟翁と出会ったとき、オアシスを見つけた砂漠の旅人のように、内奥から強烈に惹かれたのだと思う。早くに亡くなった母が、あの世から哀れな私と梟翁を引き合わせてくれたのかもしれない。
それから20数年が経ち、枯れそうだった植物は日の当たる場所に移され、水分や有機肥料が十分に与えられたおかげで、徐々に根が張り細かった茎が充実し葉も旺盛に出て、見違えるほど生き生きとしてきた。自分でも変わったと思ったし、時おり周りからも言われている。それでも、忘れた頃に梟翁から「おまえはまだ唯物論者っぽさがあるな。」と指摘されて、なぜそう言われたのかわからず首をかしげていた。
あの日、梟翁が亡くなったとき、私は残された時間を梟翁の魂と生きるのだと思い、梟翁の魂がどこかで私を見守ってくれていると確信した。それからというもの、目に映る物が違って見えるようになった。今思えばその時に、少しだけ残っていた唯物論的な考えからすっかり脱皮できたのだろう。
肉体は滅んでも魂はどこかに存在しているはずだ。なぜなら、私の中で梟翁はいつまでも生き続けているのだから、死と共にすべてが無になるはずがないと思う方が自然なのだ。魂があると思うことで、両親やご先祖様、梟翁のご先祖様とのつながりも感じることができる。そして自分が一瞬だけの儚い存在ではなくて、悠久の大きなつながりの中の一部だという豊かな世界がひらける。
梟翁は生きるための根っこを育ててくれた恩人だと思っている。それはもちろん精神においての話であって、人はパンのみにて生きるに非ズなのだ。だから山本太郎氏の質問に浅はかな感じを受け、麻生太郎氏は真っ当だなあと思ったのだった。

愚論にお付き合いくださって、ありがとうございました。(^ ^)
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