私の手前味噌歴は長い。のべ20年、多分10回以上は仕込んできたはずだ。はじめ知人に教わり数回作ったものの思ったように美味しくならなくて、何年か離れていた。でも手前味噌のロマンを諦めがたく料理教室の講習会に参加して復活した。が、意気込んで仕込んでみたものの、できあがったのは色が薄くて風味の少ない味噌だった。主人は不満だったのだろう、ある道の駅の味噌が気に入って「うまいうまい。」と何度も買ってきてくれた。
知人のベテラン主婦からいただく手作り味噌は、ちゃんと茶色くてまろやかでおいしいのに、どうしてそうならないのだろう。寝かせればいいのかも、と2、3年冷蔵庫に保管しておいても、あまり変わらない。そういえば、私が子供の頃に母が一度だけ手前味噌を作ったことがあったけれど、その味噌も肌色だったっけ。味噌作りの才能は遺伝するのかもしれない?
もやもやが続いていたなか、ようやく転機が巡ってきた。一昨年のこと、NHKの「きょうの料理」で味噌を仕込む回があったので、何かヒントが得られればいいなという軽い気持ちで観てみた。そこで、目からウロコが落ちたのだ。それは、「ゆでるっていうことだけでほぼ完成していますから。」という講師の主婦の言葉だった。豆は24時間水につけて、2時間以上、ゆで汁が褐色になるまでゆでるという。今まで私は豆を一晩(10時間くらい)浸水、ゆで時間は3時間くらいかけて豆が手でつぶれるくらいという目安で作っていたのだった。
さっそくそのやり方で味噌を作ってみたところ、初めて茶色くてまろやかな風味の味噌ができあがった。大喜びで報告したけれど、主人の採点は厳しく、今一つだったらしい。思ったほど喜んでもらえず拍子抜けだった。
よく年は倍の量を仕込んだ。主人が入院中の9月初旬に天地返をして味見したところ、前年よりも風味が格段に良い。道の駅のお気に入り味噌と同じくらいおいしい味噌が出来た。病院の主人に電話でその事を報告すると、「味噌汁か、飲みたいなあ。」と感極まったように応え電話越しに喉のなる音まで聞こえたので、「退院したら、たくさん飲ませてあげるからね。」と励ました。けれども、彼は味噌汁を味わうことなく旅だってしまったのだった。
荼毘に付すとき味噌を500gほど棺に入れた。
葬儀の前日、葬儀社の担当に味噌への思いを話していたときのこと、ふと落語の「味噌蔵」を連想して「火葬場の煙が香ばしいにおいになるかもしれませんね。」と不謹慎な冗談を言ってしまい、ひきつった笑顔を返された一幕はご愛敬。
それから4ヶ月。味噌は仕込んで1年経った頃が食べ頃とのことで、ますます風味が豊かになっている。味噌汁を作ったら必ず主人の霊前に供えている。やっと満足できる味噌ができたので、一人暮らしだけど手前味噌がやめられず今年も仕込んだ。昨年は豆がよかったのか、糀がよかったのか、保管中の環境がよかったのか?何がどう作用するのかわからないので、手前味噌作りは楽しい。今度もおいしくできますように、と祈る気持ちで容器にふたをした。
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