運動不足か歳のせいか、ひと頃ほど畑を耕すことが少なくなった。収穫量を確保する手立てとして、栽培品種の選択にひと工夫、さらに専ら労力対効果を狙い、あれこれ知恵を凝らす。
そんな思惑から、今年の夏野菜は重点を三種類に絞った。昔から見習った仕組みを崩し、知恵で労力を補ふ目論見をしたのである。選んだ三種は夏の定番、胡瓜と茄子、それに隠元豆だ。その結果、目論見が当たってそれぞれで労働対効果をぐんと上げた。わが意を得たりの心境だ。
先ず胡瓜は一般の支柱ぶっ違ひの五本仕立てを止めて、三本の接ぎ苗を育て上げて葡萄棚状に平面に走らせ、子蔓から孫蔓までふんだんに伸ばした。お家芸の鶏糞をベースにこれも自家製堆肥を加へて、土壌管理と灌水に気を配った。かうして、さほどの肉体労働も入れることなく、この夏の胡瓜は実に見事だった。盛りには朝採り十何本が連日続いた。胡瓜は葡萄棚に限る、と会得した次第。新鮮なぬか漬けもいいが、切り込んで酢味に漬け込んだディル風が、漬物好きには何よりである。どうやらたっぷり漬け込んでもらっているやうで、秋から冬へ、夏の味覚が賞味できるはずだ。

さて、茄子もまた例年を大いに上回る成果で、これは八月半ばを過ぎても上枝に日に何個と云ふ茄子が今でも成ってをる。胡瓜に劣らず、茄子も栽培方式にひと工夫を加えた。並の茄子栽培は三本仕立て、脇枝を調整して案配するするものだが、わが家では支柱を五本から七本立てに増やし、勢ひのいい脇枝をすべて救ってみた。何と、この細工が吉と出て、これも僅か三本の接ぎ苗が大いに励んで記録的な実を付けてくれた。絶妙な糠漬けに好みのしぎ焼きを、今年は絶え間なく賞味している。

三つ目は隠元豆。今年は収穫期を伸ばす目論見で、発芽に時間差をつけて種子を蒔いた。縁起を担いで八本ずつを一週間の間隔で都合二十四本の苗を取るべく、選び抜いた種子を苗床に蒔き込んだ。発芽を待つ間、格好な棚を組み上げやうと思案する。
つるありの隠元だから、つるを上手く這わすのがコツだ。伝統的な棚では二十四本だと三畝は要るから畑が足りない。アーチ状の棚を組む。9x9x6本の苗をコの字に植えて身の丈まで這ひ登らせて、アーチ天井を這ひ交わらす趣向を思ひ付いた。アーチの内外から収穫できる仕掛け、これが見事に当たったのである。

時期を違へて発芽した苗を八本ずつ植え込んで、最後の分を植えた頃には最初の八本にはもう花っ気が見えた。折からの暑気も手伝ってわが隠元棚は鮮やかに繁茂し、段差で花が咲き、段差で豆がなった。盛りには日々何十本もの隠元豆が採れ、様々な料理に取り込まれて食卓を飾った。最盛期には流石に食べ切れず、べにばなふるさと館(最寄りの道の駅さながらの場所で、わが家からは地鶏の卵と手造り風車が出品されている)で売られもした。

以上三種の手採り野菜は、一捻りした栽培手法も手伝って、この夏わが菜園を大いに賑わした。春からのジャガイモや玉葱の好調を引き継いで、コロナ騒ぎはどこ吹く風、わが庵の食卓はしばしば手造り野菜のみのメニューで賑わったのである。
佳きことは続くもので、この三種に負けず劣らず今年もわが家のミニトマトが絶好調だ。今年もとは、ここ三年間は絶えずミニトマトが当たり続けているのだ。今年も三百何円の苗たった一本が、大げさではなく数百個に余る見事な実をつけて、これもふるさと館に回すほどの盛況だった。八月の半ばを過ぎて、流石にいっときの勢ひこそ萎へたが、未だに日に数個のミニトマトたちが食卓に登ってゐる。
採ったばかりの野菜を食へる醍醐味は、流石に田舎でなくては叶わぬ。専らの力仕事こそご免蒙るが、この醍醐味を味わうための手練手管なら如何様にも図る所存だ。それを食卓に巧みに活かす包丁自慢の連れ合いがゐることも、それ、何とも掛け替えのない醍醐味だと沁みじみ思ふ。

野菜は手造りに限る。卵も自家調達のわが家は、ミネラル系の要素を工夫すれば、栄養のすべてを手造りできる道理である。コロナや何やらで基礎体力の加減が問われている折から、何とも有難き生活環境ではある。
畑がこの老爺を呼んでをる、おい秋だぞ、何を手造りするんだ?
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