戦艦二隻轟沈、駆逐艦五隻大破など地図入りの大本営発表が紙面に躍り、やったやったと胸躍らせたあの頃がつい昨日のやうだ。陽性が増えてゐるとか犠牲者が何人になったとか、コロナの罹患情報を見聞きしながら、いま日本が戦時下にある実感が身に染みる。火の玉になれと煽られたあの頃の思い出が、いまコロナを前にしきりに浮かぶのはどうしてだらう。
それは、どうやら実感とやらの妖しさのせいだ。米英とコロナが妖しく絡むのだ。ABCD網の何たるかも知らぬ幼兒には鬼畜の姿は想像できず、八十路を越えてもインフルエンザとは違ふと云ふコロナの怖さが呑み込めない。戦へと云はれても、相手の姿が見えないことでは変わらない。
それにしても困ったことだ。コロナの情報がかつての大本営もたじたじの虚実混交だからだ。そもそもの火元の支那が発する数字がまるで根も葉もない絵空事で、初手を誤ったわが政府が4月も末のこの時期に特段の理由を設けてなお何千人もの支那人を受け容れているとなれば、いまやわがメディアは大本営真っ青の虚報機関だ。
そんなメディアの逆風下、薄気味の悪いコロナとは云われずとも戦わねばならない。欲しがりならぬ「出たがりません、勝つまでは」だ。ゴールデンをステイホームに切り換へて、8割の外出を抑えて頑張る人々はいぢらしい限りだ。テレビに映る東京駅や羽田空港の様子が面白い。乗客0%で発車した新幹線を目撃し、地べたに蜻蛉が群れるように滑走路に並ぶ飛行機を観た。今日(4月29日)、憂さ晴らしに苗木を買いに外出しての帰途、車窓外にどこやらの遊覧バス会社のターミナルに隙間なく滞留するバスの群れを見た。
巷はたしかに戦ってゐる。客なしではお手上げの商売はいまや四苦八苦、たかがコロナされどコロナの猛威をもろに受けて苦しんでいる。将に火の玉の戦いだ。呼吸器にだけ難がある私は、肺炎が得意技だと云ふこのウイルスは天敵そのもの、マスクうがいに手洗いと注意万端で備えてゐる。
思へば、本物の戦時下で私は小学校(当時は国民学校と云っていた)時代を過ごしている。米英は知らぬと云ひながらも、血気盛んな少国民だった私は敵に処する心構えだけはあったやうだ。言い知れぬ敵という意味ではコロナも同じ、かつて国難に身構へる心意気だけは人後に落ちなかった。だから、いま目前のコロナなる難敵に立ち向かう意気は至極盛んだ。要は個々人の心構へ、これだ。
日頃から劣化を憂えている今風の日本人だが、さてこの国難をどう凌ぐか。じつは意外にも私は楽観的なのだ。世界的な蔓延状況を一瞥しても、日本の数字は桁外れに低い。穿えば切りがないが、これはわれわれ生来の潔癖感、注意深さ、対応力が生きての結果だと思ふ。大雑把に云へば、これは日本人古来の国民性、民度がもたらす結果と思ふのだ。
愚妻の才覚で私の日々には一片の憂いもない。諸兄姉にもぜひ、この百年に一度の難局を恙(つつが)なく凌がれるやう切にお祈りしたい。
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