ちょっとユニークな「膝、入れ替えるの記」と題する本を書いて、このほどキンドルに上梓した。人工膝関節置換手術の経緯を病床からリアルタイムで綴る趣向が売りのドキュメンタリーで、患者が病院で書き綴った治療日記としてあまり見掛けない書きものだ。
それでなくとも、膝に金属製関節を埋め込む不気味な手術を受ける本人が刻々と経過を語るなどは想定外で、同病のひとたちの励みになるやら苦痛になるやら、書く本人にも定かな思ひがあったわけじゃないのだが、長年悩んだ末の膝手術だから、生身を切られる実感やリハビリのストレスやら、病床の臨場感を書き残しておかうと思ひ付いたまでだ。
臨場感となれば日記に限る。生来の描写癖が生きて、日記ならば日々の刻々感がさぞ書き甲斐があらう、などと身勝手に思ひ込んだばかりに、手術後の疼痛を辛うじて堪へて書き綴る羽目になった。
何処の病院でもさうだらうが、時間が来ると病室は消灯する。苑田でも9時になると廊下の薄明かりを残して燈火が消える。廊下の一角にヴィジター・コーナーがあり、缶ジュースのディスペンサーが並んでゐる。その明かりを背に、丸テーブルにMacBookを開いて日毎の記事を打ち込む。始めの一日二日、夜間勤務の看護婦に見咎められたが、曲がらぬ膝を庇いながらの執筆姿に気圧(けお)されたのか、以後見て見ぬ振りをしてくれた。
きつかったのは手術直後の夜、膝回りを固められてベッドに寝かされたまま、上半身を30度ほど上げて貰って、消灯前のいっときに綴り込んだのだが、思へば酔狂なことだ。
かうして書き上げたものを読み返すと、書きたいことの何分の一も書いてゐないことに気づく。音声にでもしておけばもっと緻密に纏められたらうに、場所柄それも出来かねた。生来の元気印で、このような病床記を綴ることはもうなからう。思いつきにしてはなかなか面白い記録にまとまった、と秘かに自賛してゐる。
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