終戦の日に靖国神社に出向くことはわが家の長年の仕来りだ。8月15日が近づくと、天気はどうだ体調は、とほぼ生理的に反応するにはわけがある。この社(やしろ)が祭る英霊への深い畏敬の思いは云うまでもないが、ひょんな切っ掛けで知り合ったある御仁に毎年大鳥居下で落ち合う粋な縁(えにし)があるからだ。白黒写真に拘(こだわ)ってデジタルカメラに見向きもしないという老練の写真家だ。さながら牽牛織女のごとき出会いを繰り返している。
数年前のこの日、私は大鳥居下でハンチングが似合う中年の男性に声を掛けられた。小柄なごく気さくな人で、カメラを構えた、見るからにカメラマンだった。私の作務衣姿に格好な被写体を見たか、是非撮らしてくれまいかと云うではないか。断る理由はないのでご随意にとなって、気も合ったか、お互いに馴染みあって話し込んだ。これが白鳥(しらとり)さんとの出会いである。靖国自慢の白鳩ならぬ白鳥だ。
訊けば中年は此方のとちりで、昭和13年の生まれだと云うから、昭和10年生まれの私と僅かに3歳違い、謂わば同年配の誼(よしみ)で、遭えばいつも靖国から四方山話で話が弾む。寅さんの帝釈天にほど近い高砂に店があると聞いて、寅贔屓の愚妻が飛びつき、その年だったか次の年か、車を回して店を訊ね、奥方にもお会いして家族ぐるみのつき合いになっている。

靖国ではしこたま写真を撮って貰った。なにせ白黒だ。作務衣の黒と髭の白がそのまま写るのだから粋である。さすが手練れの腕に掛かると、おゝわが面相にこんな味わいがあったのかと見直すほどの出来映えだ。ありがたい極みで、いずれ遺影もとすでに委嘱済みである。
さて、折からの台風襲来の懸念をモノともせず、今年の靖国は趣を代えて青白い作務衣に同系色のバンダナで出向いた。案の定、これがいたく白鳥氏の写真心をそそったようで、挨拶もそこそこに彼方へ向け此方だと私を指図してはシャッターを切り続けた。写真屋の宿命だ。被写体があってなんぼのことで、彼の愛機は色違いの作務衣と珍なバンダナ姿の私を嘗め回した。
靖国の取り持つ縁は、白鳥氏との場合純然たる偶然で、あの日あの時鳥居下で擦れ違った三次元の偶然が産み落とした、謂わばともに珍友同士だ。靖国感覚には仮に乖離があっても、白鳥氏と私は大鳥居から本殿への神懸かった空間への言い知れぬ愛着があるのは確かだ。改めて質い合うまでもなく、この社には日本の何処か肝心要の部分が息づいていることの認識は、今風にいえばシェアしているのだ。だから、白鳥氏にとって被写体としての私の背後には、常に靖国があり、彼のカメラのレンズには、間違いなく私が背負う靖国への直(ひた)向きな思いが写っているはずだ。
此処で靖国問題を掘り下げる意図がなく、3年も参拝を避けている首相への憤懣をぶちまける積もりもないのにはわけがある。それは、ここに祭られている英霊たちへの素朴な畏敬の念を陳腐な議論や打算的な政治家の挙動で汚されるに忍びないからだ。そして、私は靖国あってこそ生まれた一人の写真家との縁(えにし)を大切にしたい。その縁が私の靖国詣(もうで)の余慶として年毎に深まれば何よりだ、とひたすら思うのである。
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