東松山はわが家の西方、頼朝の乳母の里であり結構小粋な行事で賑わう田舎町だ。その町にわが贔屓な和みの里がある。子供らのための小動物園、称して「こども自然動物公園」だ。近くにはD文化大学のキャパスがあり、動物園内にハリー・ポッターの産みの親、ビアトリス・ポターの「ヒルトップ農場」が再現されているなど、小動物の里ながら垢抜けした風情が愉しめる。
どう云うわけか、私は滅法山羊が好きだ。犬とどうかと質されると答えように困るが、動物園の動物たちなら先ず山羊がいい。それと気付いてか山羊たちは私にしきりに懐(なつ)く。懐かれれば可愛さが増す。だからこの動物園へは足繁く通う。
今日は風もなく陽光豊かな日和とて、一も二もなく東松山行きとなった。愚妻はかねて贔屓の湯浴みのカピバラたち、私は云うまでもなく山羊たちが目当てだ。生まれたばかりの仔カピバラが温泉に浸かるさまをTVで見たばかりの愚妻は、あわよくば「私も足湯を」との勢いだ。出発に手間取りゆったり歩くにはさほど時間がない。ならばと、今日は片や山羊、此方カピバラと、それぞれ別行動に。
なかよし広場に群れる山羊たちは、早速作務衣の私に纏わり付いた。1頭2頭、みるみる5頭ほどが群れて、頭突きや押し較べをする。うい奴らだ。なかには私の杖を相手に押し合いを始めるのもいる。山羊は愛しい動物だ。四角い瞳が飄(ひょう)として然、憎めない表情だ。小半時を山羊たちと過ごしたか、山羊たちも作務衣に飽いたか三々五々散り去った。
やおら奥の囲いを見れば、異様な容子の仔馬らしき生きものが黙然と立っている。近づいてみれば、洒落ならぬロバの老婆だ。説明を見れば1988年生まれの30歳、前足の膝から下にギブスを嵌められている。異様な容子の筈だ。曲がらぬ膝から下、爪先をピボットに、後足だけで蟹のように左に右に、時計回りに反時計回りに、ゆらりゆらりと横歩きをしている。爪先を一歩でも二歩でも前へ出せば前へ歩けるだろうに、ひたすら爪先で一点を突きながら経巡っている。哀れ、傷んだ膝のためにこの老いたロバは当たり前の前歩きができないのだ。
このロバの老婆の動きに私は自分の影を見た。足枷と云おうか、前進すればできように、思い切れずに蟹歩きに甘んじているこのロバには、まさに膝関節の不具合に妨げられて動きがままならない自分が重なる。
私の膝は内側半分の骨が惨めに摺り合っている。骨の摺り合いを避けて歩みが鈍り運動量が減る悪循環になる。この老婆のロバは膝回りをコルセットで固めている。苦痛の表情(などはあるものか知らぬが)も見せずに彼女は蟹歩きを続ける。片膝で体重を支え切れず、大怪我を怖れて敢えて転倒すること数度、それでもコルセットを纏う気重さはご免だと意地を張る私を、さて、このロバの老婆はいかが思うやら。
山羊たちは4時には小屋に連れ込まれる。羊の囲いに2,3頭を残して大方はもう山羊小屋の入り口付近に群れている。閉園間近な「なかよし広場」は来園客もまばら。カピバラを見終えた愚妻が合流し、もうそろそろと帰りを促すのを機に立ち上がってロバの囲いを見れば、なんと、老婆のロバが蟹歩きを止めて2、3メートル先の柵の際まで歩いていた。
そのことに、私はふと負い目を感じた。山羊たちの群れを尻目に、私は杖など要らぬ所作で闊歩して広場の出入り口を出た。
園内バスの通る道に沿ってアーバン色の落ち葉が堆積していた。
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