この話しが何のことか、まずはお読み継ぎいただきたい。ひと様はさておき私には、この瞬間、まだ流石に消えずに残っているあの時のあの感触をさらっと書きとどめて置きたい衝動に駆られての、まあ思いくままの寸描だ。
あの時とは一刻前、ことは北里メディカルセンターでの出来事。癌の気配ありやなしや、これは聞き捨てにならぬ。こと前立腺という微妙な器官だから、精査に念には念を入れるべし、と遡る旬日前、泌尿科M医師のご宣託があった。
兼ねてよりPSA値8をどう見るか、横ばいながら部所が部所だけに進展の気配がなしとはいえぬとの判断で生体検査、俗に生検に踏み切るか否か相談、即やるべしとて、血液さらさら剤の中断を世田谷のこれもM医師に問い合わせ、これも支障なしの判断、ならば生検に踏み切る結論で一致した。
生検の段取りがしこしこと整い今日がその日、予約の午後二時を僅かに遅れて処置着手、なにせ初めてのことだから戦々恐々、何が始まるやら、こちらは専ら先方任せ、俎上ならぬ診察台に横臥.あらぬ姿態を強要されるに至り、万事休すと観念する。
さて、M医師何気なく体調、心情など問いながら当方の覚悟の程を確かめる風情。戦々恐々ながら心にもない平静を装う一言二言を聞いてか否か、医師は『では…』とて、さり気なく処置開始。咄嗟にソナーなる異物が侵入、その違和感にまず辟易、そこに『こんな音がしますよ』と刺す針音の予告、どうなることやらと思う間もなく麻酔の労りもなく実践開始だ。ソナー、しきりに内部を見回す風情、あれこれ調べ尽くしたかと思えたころ、件(くだん)の音を伴う吹き矢と思(おぼ)しき痛みの粒がひとつ、ふたつ、みっつ。飛び来(きた)る『矢』はあたかもその場に居残る感触。まさか?!堪らず『針は打ちっぱなしですか』と問えば、当の医師は『そんなことはありません!』、とほぼ哄笑。
吹き矢は十発で済み、あとは止血と養生。枕辺ではM医師の、噺ならオチにもあたる寸評。検体の結果のあれこれを説明されて曰く、良性ならば八のままで推移を見、悪性ならば切るなり照らすなり手段を選び対処する旨、以後は指示通りに、と医師が去る。
しばらくの静粛があり、やがて看護婦が抗生剤の注射を打つがアルコールは馴染まぬか、と。それは一切障りなしと答えて一本、堂々と尻に受ける。処置直後の検尿を強いられる。事前に排尿して未だ一時間、なかなか思うようにはならぬもの、一、二本水分を摂って三十分後ほどに辛うじてこれで充分との少量を確保、早速の分析で凝血異常なしと判明、翌日より血液サラサラ薬の再服用を指示されて、ようよう北里を去る。
ところが、である。帰宅途次、ここで一息と立ち寄ったショッピングモールで手水(ちょうず)を使ったとき違和感を覚え、急ぎ北里へ舞い戻る。病院で手水を使ってなお異常ならその場で入院もありか、との一計だ。幸い、何らの異常どころか見事な那智の滝一発で安堵、万事ことなく一山を超えた次第。あとは検体分析の吉左右を待つのみ。
かくて一件落着、騒がしい一日が暮れた。’梟の眠りを醒ます針吹雪’
十二月六日
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