私は、まあ世間的には「英語で飯を食っている」人間のひとりだが、食うための英語を身につけるまでの山あり谷ありは、なかなかお分かりいただけなかろう。英語を身につける、というよりは、英語が身につくまで、という方が的を射ている。英語を覚えるということは、そういうものだ。苔のように、いや、垢のように、じわっと体に張り付いてくるものだから。
もう何年前になるかのぅ。知恵袋でなんとも切ない質問受けた。ああ、こういう悲哀を味わっておるお方がおられるのか、と切ない思いを忘れられない。ちょうどいい機会だから、今日はその話をさせていただこう。
その御仁、こんな風に書いてこられた:
質問【英語習得方法について】
今までいろいろな書籍を購入しました。
CD付の本でずっと聞き流せば突然話せる!と書いているもの。1年ぐらい寝る前、通勤時各30分ほど聴いてましたが何も成長しませんでした。
次に、聴いてシャドーイングすれば突然英語回路がつながりしゃべれるようになる!というようなものを買いました。これも1年ぐらいやってみましたが夜寝る前は妻と子供がいるのでシャドーイングが出来ず、通勤時はシャドーイングしようと試みるが単純な文しか出来ず結局ただ聴いてるだけです。
英語→日本語訳の順で流れてくるのですが、あまり成長がありません。そのCDでしゃべっている文章は焼きつきますが、いざネイティブを目の前にして話されると4wordを超えるような文章はちんぷんかんぷんです。
その次に、1倍速、2倍速、4倍速を順に聴くのを繰り返せばしゃべれるようになる!というのも試しました。結局変わりません・・・
とりあえず、ただ聴いているだけでは何も成長しないってことが私の経験上実証された気がするのですが、どうなんでしょう?私が馬鹿なだけでしょうか?
今試しているのは、毎日1時間必ずやれ!(ただ週1回は休め)というもので、シーンが複数分かれていて、まずは1回聴く、そのあと日本語訳を1回読む、そしてまた3回聴く(今度は一緒に音読)、そして書く(各センテンスを3回ずつ)、最後に何も聴かず自分で2回音読する、というものです。続けてまだ2週間程度ですがまだ何も変化はありません。
これも結局身につかないのではないかと不安に思っています。
私は、「この方法で習得して今はバリバリです」などという英語習得法があれば教えていただきたいです。前提として、海外に住むことは出来ない、夜1時間は自由に勉強可(読み書き話し)、通勤時間は聴くだけは可。
と、まあ笑えない話だった。諸賢ならどうお答えなさる?私は思案の末にこう答えた、のだが…。:
回答【忍耐と執念と英語をものにしたいという熱情が必要】
あなたの話、じっくり読ませていただいて軽い義憤を感じています。ああしろ、こうしろと効能を掲げて売られている英語独習資料が、所詮【商品】に過ぎないことは、英語を手足にできる域に達したひとたちには、先刻周知のことなのです。あなたは商魂に踊らされた。それはそうでしょう、ただ黙って聞いていればいいなんて都合のいいものがあるはずがない。あくまでこちらから食いついていく部分が九割、残りはよき友人や知己から受ける好学的影響です。
こんな場所でお話できることは限られていますから、ごく絞って上達のコツをご披露しましょう。外国へは出られないといわれるから、外的な影響はこちらで作らなければならない。私は、それをズバリ映画に絞ります。もちろん、英語を学ぶ映画などあるわけがないのです。だから、ありふれた映画をまず一本選びます。ただ、都会的なせかせかした物語は避けてください。大らかな、ほのぼのとした筋で何度みても飽きないものを選びます。これは好みですから、あなた自分で探さないといけない。私の場合の例をお話ししますが、これはあくまで私の場合ですから、参考だけにしてください。
観て楽しめる映画というよりは、私はまず、ただ英語で溶け込みやすそうな映画を数本選びました。例えばその一本【子鹿物語】、アメリカ映画で貧農の家庭で厳しく育てられる少年と一頭の鹿の物語。私はこの映画を延べ50回は見ることになります。この映画を追いかけて、あちこちの映画館をハシゴした記憶が生々しい。字幕で筋は分かるんだが、10回ほど観る頃には、私は物語の少年の話す英語をオウム返しにいえるようになっていました。当然相手の両親の話もなんとなくいえるほどに。その段階で私はこの方法に絶対の信頼を寄せるようになっていました。信じられるかどうか、何十回も見るうちに、映画の雰囲気に溶け込んで、感情を込めてしゃべることさえできるようになっていた。この映画を最初に、後の高校時代の【第三の男】まで、ほぼ2-30本の英語の映画をそれぞれ20回近くずつ観ています。
いまはDVDが溢れている。選り取り見取りで好きな映画を選べる。ぜひご自分のセレクションを作ってお試しください。肝心なことは、最初は何本も見ないこと。これぞというものを一本。まず物語のなかのどの人物でもいい自分の合った配役を自分のものとして物語のなかに没入していくのです。つまずきながらセリフを追いかける、追いかける。そのうち先回りができるほどになる。そうすれば感情移入ができるようになる。
申し上げておきますがこれには忍耐と執念と英語をものにしたいという熱情が必要です。それをお持ちならきっと結果を出せます。【商品】がいかに無駄な投資だったかをお分かりになるでしょう。
ご参考まで。
如何だろうか、この掛け合ひ、諸賢にはどう聞こえるだろうか。英語は苔か垢のようなもの、と書いたが、それを「シャドウイング」でやるか一本の映画でやるか、という話だと早とちりされては迷惑じゃ。それは似て非なるもの、鍵は学ぶ者の意思の有る無しだ。
この御仁は、ひたすら感謝の言葉を返してこられた。その後は、とんと知らぬ。だが、願わくばわが思いが通じて、いま頃は一角の英語人になっておられたし、と思うや切だ。
ご機嫌よう。
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