七十六グレイに堪えて(闘癌記上梓)

あれは、たしかに時間が曲がるか撓(しな)るかしたに違いない。そうでなくてはあの異様な圧迫感を納得できぬのじゃ。あの折の稀有な体験は無二だろうし、もうこりごり、桑原桑原じゃ。

他でもない、半年ほど前に済ませた前立腺癌の放射線治療のことじゃ。まともに晒されたら数グレイで致死だという放射線を76単位も受けて癌奴を葬ったあの事件じゃ。さる五月のことじゃったが、あの「魔の38回」の残像はなお鮮烈じゃ

じゃが、それをまた穿(ほじく)り返して感慨に耽ろうとするつもりはさらにない。その折りに、もの書きの片割れとして、その稀有な経験を綴り残しておこうと「放射線治療日記」を思い立ち、愚妻にも因果を含めて介添え日誌を書き残させる企画を構えたのじゃ。

治療の歩みを中山道膝栗毛に準(なぞら)え、治療回数に合わせて三十八次として粛々と書き連ねた書きものが書き上がり、一昨日、電子本として上梓された。名付けて「前立腺癌 放射線史治療日記 中山道三十八次」、副題「めおと闘癌記」。

何の因果の前立腺癌か、何とも怪しげな部位。一斉に晒せば致死を遙かに超える放射線量を浴びる不気味さは、これは晒される当人ならでは窺い知れぬ。それを他人様に語ってもどういうことはないのじゃが、そこは仮にももの書き、言葉にするとどうなるかの計らいはむしろ当然といえば当然じゃった。

慌てず企まず、粛々と綴る思いは終始一貫、愚妻とも語らって人ごとのように書き連ねた。部位が部位とて言葉を選んでの語り口は、刻に物足りず言いそびれもして、読むひとが苛立ちもしようが、振り返って思えばわれながら語り尽くした感があるのじゃ。電子本に馴染んでおられる人がどれほどか、まったく分からぬ試みじゃが、折りあらばご引見賜れば望外じゃ。

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硬膜下血腫で脳天に穴を空ける手術は経験しておるが、癌と名のつく治療は空前絶後、薄気味の悪いこと極まれりじゃ。命に差し障らぬとは言え前立腺はややこしい部位、平然と言うわけにはいかぬ。それを察してか気紛らわしに、愚妻が放射線治療の流れを旅仕立てに組んでくれた。最寄りの中山道沿いに、三十八次の双六旅に模様替えしてくれたのじゃ。草鞋掛けの旅を日本橋から木曽福島まで三十八宿だ。

排泄絡みの苦労話に宿場の謂われなどを絡めて、ときには苛々、ときにほっと気を抜く瞬間など、心理の撓(たわ)みが行間に滲む。今にして突き放して見れば、この話しの裏にはもの書きには興味津々の状況と綴る楽しみを玩味させる素材が多々あったのを思い出す。治療が済んでほぼ半年、結果は幸いに癌奴ほぼ壊滅、いま、終わりよければの心象はすこぶる心地よい。

すべてよしの結果になってこそ気づく自然が、いま、初冬の冷気が募りつつある。四季とりどりとは言えかし、私にはやはり晩秋から冬への趣きがなにより、指先を刻に脅かす寒気の趣きがなんとも潔い。

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